今度はアクメツ16巻!12月8日木曜発売。+コミックマスターJ考察
さすがに週刊アンド月刊のダブル連載は違いますねえ。すごいペース。それだけ鬼スケジュールだったわけですが。でも世の中週刊+月刊2本とか週刊+隔週とかやってらっしゃる先生もいるんですよね。(一時の浦沢先生とか。) その方たちはどうやってるんだろう・・・
今回のアクメツ16巻。表紙がなんか新鮮だと思ったら、アクメツ仮面をつけてない生の表紙これが初めてだったんですね。(パーフェクト・ワンはほぼ素顔だったけど。) この制服は新倉生だな。
今回の巻は新倉が大変な事になります。(と言ってもみんな同じ生だけどね) 話はどんどん加速していき、ついにクライマックスへ!今チャンピオンの連載の方ではついに最後の戦いが始まろうとしてます。アクメツ最大のピンチ。お見逃しなく!!
★★★
Jの最終巻。コミックスになったのを、先日一読者として改めて一気読みしました。この最終巻分、連載時は月刊という長いスパンでやってた事もあり「普通に楽しんでた」というくらいだったのですが、作画作業を離れてまとめて読むと、こりゃかなりキますね。描き足しもあるし。イヤーかなり感慨深かったです。蒼天航路のときのようにいろいろ考察してみたり深読みしたりなんかしちゃったりして。
特に「コミックマスターJ」と言う作品の、漫画作り、物語作り、クリエイターの生き様…というテーマ上、こういうある種メタフィクション的な階層構造がものすごくはまったと思います。 (筒井康隆先生の「朝のガスパール」とか庵野監督の「THE END OF EVANGELION」ほど直接的な描き方はしてませんが、この場合Jの「神」って誰かな?と考えるとわかりやすいかと思います。…ってまで言っちゃうと野暮かな。) さすが押井作品思想に一家言ある田畑さん。読み直してみて、改めて唸らせていただきました。
そして「そこには何もない事を証明してしまった」などと言われるエヴァの映画、庵野監督のメッセージと違ってJと言う作品のスタンスの素晴らしいところは、フィクションの力、物語の持つエネルギーを力強く謳い上げてるところだと思います。
生み出されたキャラクターたちは、生み出された以上すでに「生きている」。小林君の叫んだあのシーン、あそこにはかなりグッと来ました。また蒼天航路を例に出しちゃいますが、蒼天の読者達は、僕も含めてその後の三国志を「蒼天キャラ」で想像してみちゃったりしますよね。「描かれてない以上そんなシーンは存在しない」とか言い切っちゃう以上に、僕ら読者の中ですでに蒼天劉備たちは「生きた人」になってるわけです。
また物語の力と言うと、Jの作中でも聖書などが例に出されていましたが、アメリカの南北戦争・奴隷解放の原動力となったと言われるストウ夫人の「アンクル・トムの小屋」とかも思い出します。そこまでは行かなくても、人々の日々の生活や人生に、物語から受け取ったものは確実に血肉となり、それが現実を作っていってるわけです。
物語は現実となり、現実は物語となる。それは間違いなく複雑に絡み合っている不可分の存在。最近では僕は、「そこにはなにもない」と言い切っちゃう事の方が、むしろリアリティーがないと感じちゃいます。
そんなこんなを考えながら最終巻読んでると、かなり感慨深かったです。単純に物語としての面白さや伏線回収にも気持ちよくさせていただきましたが、テーマ的にもラストにふさわしい。
…ま、ここに書くと作者様方の目にも触れちゃうので見当違いの事言ってたりするとこっぱずかしいですが(笑)、まあ一応宣伝にもなるかな?と思うのであえて書いておきます。あ、読んだ方、これは「一読者としての俺の個人的感想」であり、俺自身の考え方とかも混じってるんで、「制作サイドの公式見解」とか思わないでね(笑)。J機関の作品に関して俺はあくまで一アシスタントですから。
うーん、やっぱ蒼天の時より書きにくいわ~。しかし、情熱のままにアップ! ぽちっ!
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