食糧危機に「重大な懸念」=国連人権理
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080523-00000023-jij-int
お気づきの方はお気づきかと思いますが、僕の近作二作、「ZZ外伝 ジオンの幻陽」、「灼熱のアンタレス」、ともに、このあたりの食料問題・資源・エネルギー問題が思想的土台になっています。
生きるために限られたパイを奪い合うのが戦争。
殺し合いをせずにみんなが生きるためにはパイ自体を広げなければならない。
これは今に始まった事じゃなく、歴史始まって以来、いや、生物が生まれて以来の不変的な真理だと思っています。生物史、人類史、歴史紐解いてみると、本質はその繰り返しだと思います。戦争の原因として、キャシャーンで言ってたような憎しみの連鎖も、あるにはあるけど二次的な事だと思う。本質的には、ただ生きるための行為でしょう。
貧しくて、飢えや病気で弱者・乳幼児から死亡 → 技術革新 → 開墾(=フロンティアスピリッツ) → 食糧増産 → 平和で豊かな時代 → 人口増加 → その時の技術では、開墾限界 → もっと多くの人口を養える肥沃な土地を求めて民族移動、あるいは近隣民族との衝突(=戦争) → 勝者が肥沃な土地(資源)を得る。敗者は死、滅亡、あるいは痩せた土地へ追いやられる。貧しくなって、飢えや病気で弱者・乳幼児から死亡 → そのうちまた技術革新、痩せた土地も開墾、食料増産→ 平和で豊かな時代 → 繰り返し…
だから、戦争を取り上げて「人間は愚かだ愚かだ」とか僕は全く思わない。だって生きるための行為だし、どう考えても自然界の弱肉強食の方がずっとシビアですから。それに比べて人間には、他者の苦しみ、相手を殺さねばならぬ事を悲しむ心がある。弱者への福祉を整えたりもする。それは、人間が幸せで、心に余裕(ヒマ)があるからだと思います。岩明均先生の「寄生獣」のラストで、ミギーも言っていましたよね。「心にヒマのある生物、なんて素晴らしい!」
弱者や乳幼児がばかばか死ぬような文明レベル・医療レベルに戻りたくないなら、そして戦争がいやなら、それだけの文明レベルをみんなが保てるエネルギーを何とかしなくてはならない。僕が、パイ自体を広げる努力=フロンティアスピリッツが大事であると思う所以です。自然界のようなあからさまな弱肉強食に人間が気後れを抱く以上、こちらを大事にするしかない。
ところが戦争はいけないと言うタイプの人間に限って、開発も発展も嫌がったりするのですよね。グリーンピースだのもそうですが、奇麗な事を言って自分だけ気持ちよくなっててもしょうがないと僕は思う。人間の、と言うより生物全ての、自然界全ての業なのですから。アグネス・チャンとか民主党の円より子議員の言ってる事を聞いてても思うのですが、どうも人間を何か奇麗事の枠に押し込めれば全て解決するような言動が、表ではまかり通ったりするのですよね。返って怖いですよ、俺は。全共闘世代からは「ユートピア」と思われた共産圏が、実際はどうだったか? 「平等」とは「公平」か? 人間とは、そんなに奇麗事でおさまるほど、単純なものなのか?
例えば僕が連載枠一つ取るためには、誰かを一人追い落とす事をしなければならない。そしたらその人は仕事を失うかもしれない。じゃあ自分が諦めるのか? そんな事はできない。ってかそんな余裕はない(笑)。誰かを傷つける事をせずには一秒たりとも生きてはいけないのです。菜食主義者だって植物と言う生命を殺してるんですから。普通の会社の、契約を取ったり取られたりだって同じなはず。うちらはそれをシビアに肌で感じてるけど、ある種の人間は、普段の生活では集団でリスクも罪も責任を分かち合っているんで、薄められていてその本質を感じられなくなってるのかな? とか思う事があります。
かと言って北斗の拳やバイオレンスジャックのような世界には、そりゃあ俺だって、なるべくなって欲しくはない。自分だけの幸せよりは周りも含めた幸せがいい。周りを含めた幸せよりはせめて日本は幸せでいたい。日本だけの幸せよりは、できれば世界中の人間が幸せの方がいい。
みんなが幸せになるには、それだけ巨大なパイを手に入れなきゃいけない。そうなると・・・
新資源の開発でも、宇宙開発でも何でもいいんですが、とにかくフロンティアスピリッツと言うものは、無くしちゃいけないものだと思います。「科学は愚かだ」「自然に帰れ」は、滅びの笛だと自分は思っております。自然主義者の奇麗な言葉に騙されないで欲しい。地球の自然では、今の人口は到底養っていけない。=今の人類を何割か殺さなきゃいけないと言う事ですから。(宮○監督は、公では言わないけど、多分それわかってて自然回帰自然回帰言ってると思う。そこが凄まじいところ。富○監督なんか、確かどこかで実際口に出しちゃってた。)
ちなみに About Me で、こんなアンケートを出して見ました。この問題を突きつけられたとき、普通の人はどういう反応をするのかなーと、今後の参考のために(笑)。
Dを選んでくれた人が多くて、ホッ(笑)。Fで、僕のビックリするような意見を出してくれた方はなかなかいないです。ほとんどが、Dの範疇か、どれも選びたくないと言う奇麗事の思考停止に過ぎないかが多い。。意外とAの「資源戦争」の割合が低いですね。個人的には、実際にはうちらが生きている間にかなりこうなる可能性は高いと思うんだけど…(^^;)。
Bを選んだ人は正直だと思います。ただ、その場合弱者はその前に死に物狂いで反撃してくると思うから、自分らの幸せを守るために軍備は増強しとかなきゃいけないかも。結局AとBの複合のままぐちゃぐちゃと推移するんじゃないかな・・・そうならないために、Dが間に合うか!!!! って言う、かなり、勝負!!! だと思います。
科学は愚かだ、とか言ってる場合じゃないよ(笑)。それに、節約型の今のエコブームじゃ、ただの「自分にできることから!」って言ってるだけの自己陶酔で、結局はジリ貧だと、個人的には、思う。
消費を抑制する=経済が回らない=社会が技術発展に投資する余裕がなくなる=科学が進まない
で、下手すると今のエコの方向、縮こまる方向に人々の意識を誘導する事は物凄く自殺行為をしてるのではないかと、個人的には危惧しています。いや、ビジョンなき浪費がいいわけはないんで、確かに微妙なところだけど…。
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