神作品ラッシュ。覚書。ネタバレありなので未読の読者は見ないように!
●「へうげもの」6巻。
利休と織部の対決(?)と和解。一つの大きな山場だったように感じる。戦国(と言うか桃山)時代が舞台の話なのに、戦が山場じゃなくて秀吉の「北野大茶湯」が山場なところがさすがへうげもの!爆笑!! 「数寄の天下を取る!!!」 って面白すぎ、織部!(笑)
そして自らの「業」の炎に焼かれる利休。
信長の怨霊に悩まされる秀吉。
悲劇に向かって緊張が高まるも、一転、真の「侘び」を悟ったように憑き物が落ちる利休。そして織部との和解。
「人は過ぎたるほど、及ばざるほど、欠けたるほどに面白い」
おおお、全く同感です、利休居士!!!
弟子の山上宗二も北条に居場所を見つけ、暖かな雰囲気が流れてこの巻は終わる。
だが、後世のわれわれは知っているッ! これが嵐の前の静けさだと言うことをッ! 小田原攻め、利休切腹と続く、この後の悲劇をッ!!!
実際このあとのモーニングの連載見てるしね…いやーこないだの利休の顔は怖かった…今の連載は小田原攻め真っ只中なんだけど、最終的な悲劇に向かってボルテージ高まってます。
織部と家康が近づいていく描写も興味深かった。後々のこの二人の終焉を知っているだけに。(司馬遼太郎の短編であるしね)
その今週のモーニングでは、「織部十作」ならぬ、現代陶芸家による「へうげ十作」今焼が発表されていた。いやあ、いい感じじゃないですか。自分は川端健太郎さんのと横山拓也さんのがココロに「ぐみっ」っと来た(笑)。桒田卓郎さんの黄色も実際に見て見たいと思った。
↑「ひとこと」にも書いたが、織部焼に興味を持って検索してサイト見つけたら、まず「伝統の」って言われてゲンナリした。古田織部は素っ頓狂なほど創意の人なのに。天才が一人道を開いても、その後に続く凡人がすぐ「伝統芸能」にしちゃうんだよな…と、これは別の件で職場で話した覚えがある。
伝統の技は尊敬すべきものだけど、受け継がれた技はあくまでいい物を作るための「手段」なのであって、伝統そのものが「目的」になった時点でその文化は死んでると思う。でも「へうげ十作」の売り方はそれとは全く違う空気を感じて、ちょっとワクワクしたぜ!
昨今漫画も新しい文化に押されているきらいがあるが、「伝統の漫画文化」が売り文句、なんて恥ずかしい状態にならないように、「面白いよ!」が武器であり続けるように、頑張ろう…__| ̄|○
ところで「せともの(瀬戸物)」が陶器の代名詞になったのって、本当に織部タン時代以降と考えてよろしいのでしょうかッ!? (すくなくともそう解釈する余地が!!?)
スペースシャトルの耐熱タイルも「せともの」!!!
●「capeta」16巻。
うえーなんでこう毎巻「燃え泣き」させてくれるのでしょうか!! 鳥肌立つ!!! 天才を表現する力凄すぎ!!! い、いよいよF3か…
F3と言えば、六田登先生の「F」ファンの自分にとっては、やはり聖と赤木軍馬との最期の対決が思い出されます。あれも名作だった…。だけどあちらはかなり精神論や人生論で構成されてて、具体的なドライバーの物凄さ、と言うものはカペタほど描かれてませんでしたね。どっちの描き方が正しい、と言うわけじゃないんですけど、カペタはその、F1に届くドライバーの凄さと言うものが具体的にビシバシ伝わってきて、しかも曽田先生の熱い筆致は物語作家界最高級なんで、もうたまらん、と言う感じです。
●ガンダムエース最新号・「ガンダム・ジ・オリジン」。
コンスコンのリックドム順当に全滅! ララァとシャアのいちゃつき(笑)も見れて満足。過去編通してるんで、やっぱりちょっと読んでるこちらの気持ちが違いますね。ララァのミステリアスさは薄れて、シャアを慕う少女としての愛らしさが増した感じ。
次号からのテキサスコロニー編はかなり楽しみ。何故ならここもオリジン特有の「過去編」で、エドワウ・マス(シャア)とセイラ・マスの青春時代の舞台になったわけだから。ここで起こる筈のシャアとセイラの三度目の邂逅。楽しみすぎる。
●「ハンター×ハンター」25巻とジャンプ最新号。
富樫先生が天才である事を再確認(笑)。ドラゴンボール風に言うと、「次元そのものが違う」。特にジャンプ最新号の、ピトーとゴンの邂逅、ピトーの搾り出す言葉、ゴンの反応、その演出。鳥肌立った。
1巻分連載して休載、1巻分連載して休載、でこのクオリティーの話読めるなら、いいじゃんと思った。バガボンドと同じペースだし。天才だから許される。他の誰にもできん。この話作る事は。
てなわけで覚書終わり。くそぅ、結局長くなってしまった…
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